フライパンとケトル

「フライパンとケトル」鉛筆デッサン(2015年5月)

 この頃は確か、毎朝欠かさず目玉焼きを作って食べていた気がする。フライパンで卵を焼き、ケトルで湯を沸かし、インスタントの味噌汁に注ぐ。毎朝、判で押したように変わらない朝食。退屈だが質素なことが心地よい僕の生活。ある日、ケトルの奥に貼ったホーローのシートが油で程よく汚れ、複雑な像を写しながら得も言われぬ質感でそこにあることに気づいた。よく見ればフライパンの蓋は、使い込むうちに熱で変形していた。毎朝同じことの繰り返しに見えて、実はそうでなかった。熱で歪んだフライパンの蓋のカーブを描きながら、これから先僕は、一体いくつ卵を焼いて食べるのだろうと思った。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です