午後3時30分の斜光

「予感」水彩A2パネル(2017年1月)

朽ち果てていく古い工場や、錆び付きうち捨てられた機械など、美を装うカケラもない物たちに、僕はなぜ、これほどまでに揺さぶられるのだろう。彼らは僕の心から名状しがたい感情を引き出しては、足早に去っていく。そんな喪失感の中で、そこにあった風景のほんの一片でも形にとどめておきたいという衝動にかられる。憂いの感情には、対象と自己との複雑なせめぎあいがある。僕は、過ぎゆく物たちへの敬意と慈しみを込めて、そこから何かを見つけたいと願う。
デジタルカメラが浸透する現代において、多くの画家たちが写真から絵を描きおこすのは、もはや必然だろう。確かに写真を使えば、すばやく正確な画像を入手でき、快適な室内空間で時間をかけて描くことができる。
しかし僕がそれを避け、現場で描くことにこだわるのは、その場の空気に包まれていなければ、対象と自己との相克から主題を見つけることができないと思うからだ。
本作に描かれた工場は、自宅から北西15kmほどの県道沿いにあるコンクリート工場である。双眼鏡とスケッチブックを手にフィールドワークしてみると、かなり広範囲な敷地であるにもかかわらず7割ほどが廃墟と化していることがわかった。身の丈を軽くこえる草や低木に覆われており、かきわけて入っていくと、かつて搬入経路の一つであったであろう橋や錆び付いた円柱状のタンク、窓ガラスが割れたままの貯蔵庫などがあった。いろいろ吟味した結果、まだ稼働している入り口付近の工場を描くことにした。イーゼルを構えたその場所は、右手にラブホテルがあり、背後には不法投棄されたソファ、なぜそこにあったのか不明だが、竹ヤブの中に神社の賽銭箱が落ちていた。
気温は4℃から6℃。真冬としてはそれほど寒くないはずだが西から時々強い風が吹き、実際より寒く感じられた。さらに何度かイーゼルが倒されるので、地面に金属製のペグを打ち込み、紐で縛って固定した。開始から数日目のこと。その日は朝から湿度が高く、やけに重い空気に包まれていた。昼を過ぎたころから雨雲が立ち込め、小雨がぱらついてきたので車のリア・ウィンドウをはね上げ、そこで雨宿りして小休止をとり、雨が止むとまた制作を続行した。すると西から強い斜光が差し込み、薄汚れた工場の壁を美しく浮かび上がらせた。携帯で時間を見ると午後3時30分だった。
その一瞬に強い衝撃を受けた僕は、以後現場に到着する時間を午後1時30分と決め、午後3時30分の斜光を求めて描き続け、全6回のセッションで完成させた。ところでこの絵に描かれている手前の草むらは、実際にはこの半分にも満たない狭い敷地であったが、この場にある寂寞たる感情を表現するために思い切ってデフォルメを加えた。また午後4時を過ぎたころに入ってくる黒い不気味なノコギリのような影を加えることで絵に求心力をもたせようと思った。

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