痛みの中に

「痛みの中に」鉛筆デッサンB2(2017年8月)

 コンテンポラリーダンスの道を歩むこの禁欲的な女性は、自らの肉体に戒めに似た呪縛的なポーズを架した。表現者としてのあくなき追及の姿勢は敬服に値するが、果たして500分間このポーズを保持することができるのだろうか・・・?自分を含め会場にいた誰もが固唾を飲んだ。予想した通り、ポーズ開始後、10分を経過してすぐに顔面蒼白となり苦悶の表情を浮かべた彼女。すぐにポーズを変更するかと思いきや、彼女の強靭な意思にその選択肢はないようだ。重心がふらつき、何度もよろけて倒れそうになってはポーズをとり直していた。「大丈夫なのか?」「がんばれ!!」と思わず心の中で声援を送ってしまう。会場はそんな空気に包まれていた。
モデルは脚部を前後にクロスさせ、両手を後ろで組み、突き出した右足と反対の左肩を後方に引いて体幹を大きくひねっている。もしこのポーズに手錠と目隠しを加えたら、処刑寸前のデッドマンウォーキングを想起させる陰惨なポーズである。

  僕が最初に注目したことは、両足裏の「踏みしめ方」であった。後方に引いた左足裏は、土踏まずの側に体重を預け、前方に突き出した右足は小指の側に体重を預けていた。注意深く観察すると、右足小指の腱が隆起し、ひとさし指は3ミリほど床から浮きあがっていた。このことからモデルは左右の振り幅3~5センチくらいの極めて狭い接地面で全身のバランスを保持していることがわかった。さらにその補助的手段として、両脇をぐっと絞めあげることで、体幹のぶれを抑制しようとしていた。この動きは、肋間筋から胸郭下部を圧迫し、下後鋸筋や広背筋、僧帽筋といった呼吸の補助筋群に強い負荷が入るため、モデルは極めて浅い呼吸を強いられる。開始10分後の顔面蒼白は、これによるものではないかと推察できた。また下顎を引き上げる咬筋の力の入り方や側頭筋に浮き出た血管は、前傾する頭部の重みをどこに逃がせばよいのかを見つけ出せず、さまよう不安や焦燥感を物語っているように見えた。そしてモデルの不安定な動きに呼応するように、僕のデッサンにもたくさんの外形線が揺れ動く。それはまるで、苦痛にのたうちまわる「視線の残骸」だった。
しかし、昼食をはさんで午後の部に入り、モデルの様相は劇的に変化した。呼吸が安定し、表情が穏やかになり、姿勢が全くブレなくなっていた。同じポーズだというのに、この変化はどのようにして成し遂げられたものなのか。
足裏の踏みしめは、後方に引いた左足裏全面にほとんどの重心を寄せており、右脚は左脚を補助的に支える役割にシフトしていた。午前の部では両脇を体幹に固く絞めあげていたが、午後の部では、後ろで組んだ腕を基点に、体幹の柔軟性を生かして後方に背中を反らせていた。このことにより、午前の部で逃がすことができなかった頭部の重みを垂直に落とすことに成功し、「頭部」→「腰(腕の基点)」→「左足裏」という絶妙な連携によって荷重を逃がしていた。それは卓越した身体能力をもつ彼女だからこそ見つけ出し得た、自らの呪縛を解く答えであった。しかし、僕は気づいたのだ。
「僕は、答えを求めていたのではない。描きたかったものは、不安定な中にあった、突き刺してくるような、あの鋭く尖った感覚だ!」
僕は、散らかった外形線の残骸の中から、記憶をたぐり、あの鮮烈な感覚を引き出した緊張と弛緩のかたちを洗い出す作業を始めた。眼の前のモデルを描きながら、もはやそこにはない、しかしそこにあった姿を映し出すために。時は何もかも奪い取っていく。美しいもの。愛しいもの。大切なもの。そして痛みでさえも・・・。
僕は、確かに見たのだ。彼女の鈍く光る眼差しの奥に。
それは痛みの中にゆらめく炎のような、冴え冴えとした生の感覚に他ならない。

 

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