感謝と共に

2018/1/8 鉛筆

2018年、描き初めデッサンである。長らく離れていたデッサンを本格的に再開したのは、確か2014年だから、今年で5年目に突入したことになる。我ながら、まじめに続けているなあ、と思う。

「なんで今、デッサンなの?写実系に転向するの?」と古い友人から聞かれたことがある。

写実系でいこうとか、まったく考えてもみなかった。それに、今の自分の技術で写実系でやっていくには十分とは言えない。・・・なんで、今、デッサンなのだろう?

理由は、いろいろあるようだけど、実はいろいろあるわけでもなくて、ただ、愉しいからだ。それに尽きるのだけど、軽薄すぎるだろうか。

 

2014年以前の僕は、仕事と制作の両立がうまくいかず、描きたくても描けない、描きたいものがつかめずしんどくて、描くことから逃げていた。しばしば生活は自堕落になり、休日は絵も描かず昼からやけ酒を飲んでいたことも。

 

記憶を遡ること、十数年前。芸大を出たころのアートシーンは、コンセプチュアルアートに代表される、概念を媒介にしたアートやミニマリズムの系譜を思わせるインスタレーションなどが主流で、それ以前のビジュアルアートは、もはや時代遅れというような空気感があった。いや、今思えば、自分が思うよりずっと、現代アートの世界は混沌としていて、そんなに単純な解釈でくくれなかったはずだが、それでも井の中の蛙は蛙なりに、自分の体質にあわない空気や閉塞感の出どころを探っていたのだろう。振り返れば、当時のアートシーンの展開は、戦後主流だったアメリカにおける抽象表現主義やヨーロッパにおけるアンフォルメルの、エモーショナルな動向からの反発と離脱によっておこったという見方もできる。しかし若かった自分はまだ、俯瞰した視点によってアートの動向を解釈する力はなく、時代の変化は、絶対的な普遍性をはらんでいるように思えたのだった。そして芸大時代、段ボールや身のまわりの素材を使ってコテコテのビジュアルアートをやっていた僕は、完全に方向性を見失ってしまった。

 

真っ白いキャンバスの前で、何も描けずに座り込み、ボーッとしているうちに、底なし沼に落ちていくような恐怖にさいなまれることが何度もある。あらゆることが自由であるということは、無限に近い方向の中で、一つを選び、他を捨てなければなければならないことを意味する。それは僕にとって、まるで宇宙空間にポンと投げ出されたような恐怖を伴うものだ。

 

デッサンを再開したことに特別な動機はなく、デッサンをデッサンと思わず、目の前に誰か人がいてそこに紙と鉛筆があったら、つい描きたくなる・・・そんな自然な欲求から「なんとなく」再開したのだと思う。

思うに、デッサンのように「描く対象がある」ということは、方向性を見失い疲弊した今の自分にとって、大いに救いであり、心癒される思いがする。描く対象がある、ということは、少なくとも描く主題を、対象と自分との間の中で見つけることができるからだ。

どんな近しい人であれ、あるいは素知らぬ人であれ、描く対象となる人たちは、例外なく皆、自分とは異なる人生を生きている。考えてみれば、当たり前に思えるその事実ですら、僕には不思議に思えてならない。

僕にとって「人物を描く」ということは、「その人を描く」ということに他ならない。同時代を生き、同じ空間で呼吸し、僕とは違うことを思いながら日々を生きている人たち。

デッサンを描いていると、僕はよく、途方もない感謝の気持ちが湧いてくる。その感謝の気持ちは、何に向けての感謝だろう。

「居てくれて、ありがとう」とでもいうのだろうか。白いキャンバスに向き合う時の、あの途方もない宇宙空間に、モデルとなる人が、居てくれること。僕ではないあなたがいることで、描く自分を発見するという事実。僕とは異なる体温で、その人の人生を生きていること。・・・居てくれて、ありがとう。

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