K先生の靴

1994 旅行者の靴

モチーフになったこの靴にはとても深い思い入れがある。高校1年生の春だったろうか。河合塾美術研究所の基礎造形科で木版画の課題に取り組んでいた時、僕はアトリエの片隅にあったボロボロのこの靴を発見した。ボロボロの靴といっても、それはそんじょそこらのボロボロさ加減ではなく、その劣化具合はハンパなく、分厚い皮のいたるところに炎で焼けたような無数の穴があり、甲の部分にはたすきがけに切られたような深い傷があった。ここまでボロボロの靴は、それまで見たこともなかったし、この上なく頑強に作られたはずの安全靴が、どうやったらこんな深手を負ったのだろうと不思議に思って眺めていると、近くにいた人が、「それはK先生の靴だよ。」と教えてくれた。K先生は、当時の基礎造形科の主任の先生で、僕に初めてデッサンを教えてくれた先生だった。K先生は、鉄を使った彫刻作家でもあったので、この安全靴の激しい裂傷は、溶接時の高熱の火花にさらされたことによるものだということが理解できた。僕はなぜか、昔からこの類の物への執着があるようで、いつも何か魔術的な感覚に囚われてしまう。この時も、裂傷によって役目を終えた靴が、兵役を終え、くたびれ果てた退役軍人のように思え、傷のひとつひとつに深い時の重みと労働の証が刻まれているように感じた。この靴は、モチーフである以前に、自分にとって「見出されたオブジェ」であり、見立てによって力強い意味が立ち上がってくるのだ。

僕は、この靴が欲しくてたまらなくなり、K先生に懇願した。するとあっさり「いいよ、いっぱいデッサンしてよ!」と快く譲って下さったのだ。

 

それから数年後、受験期に入り、どれだけデッサンを描いても上達できない泥沼のようなスランプに陥ったとき、自宅の部屋の棚の上に飾ってあったこの靴がふと気になり、またデッサンしてみることにした。その時描いたデッサンである。

それまでスランプに陥っていた自分は、焦りから手際よく描くことばかりに固執し、対象をしっかり見ていなかった気がする。しかしこの靴を前にすると、僕はいつも深い敬意が湧きおこってやまない。細かな傷のひとつひとつを描かずにはいられない。この靴を描くことが、何かの転機になったかどうかはわからないが、自分にとって描くという行為に特別な感情をのせることの大切さを学んだことは確かだ。

それからさらに時が流れ、芸大の大学院に在籍していたころ、僕の創作は絵画から立体へと展開していた。ある日、バナナを運んだ外国製の段ボールの表面が破れていたので、剥ぎ取ってみると紙の繊維が毛羽立ちフェルトのような質感になっていた。その発見を契機に制作したのが本作である。この作品は手法としてはとてもシンプルで、段ボールを木工用ボンドとステイプラーを使って貼り合わせて作った造形である。(靴底にはキャンバス用の釘が規則正しく打ち込まれている。)夢中になって作り上げてみると、自分の予想よりもずっと写実性の高い作品になった。この作品は、さらに見立てによってオブジェとしての意味が洗い出され、2001年の展示では「旅行者の靴」という題名で再発表された。

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