ツレヅレナルママニ

ツレヅレナルママニ②

「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ(「徒然草」冒頭部分/吉田兼好)

【現代語訳】(出典/manapedia.jp/text/4012)

することもなく手持ちぶさたなのにまかせて、一日中、硯に向かって、心の中に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、あてもなく書きつけていると、(思わず熱中して)異常なほど、狂ったような気持ちになるものだ。

 

最近、こんな絵を描いた。理由は不明だが、僕は時々手ごろなサイズの正方形の絵が描きたくなる。その「手ごろなサイズ」というのは35~40センチ四方くらいで、ちょうど昔のLPレコード盤よりちょっと大きいくらいだ。昭和生まれの僕は、LPレコードのジャケットの画角のイメージが身についているのかもしれない。

厚紙を使った自作のパネルを美術室の窓辺に置いておいて、空き時間にアクリル絵の具を使って描いたのだ。いや、「描いた」という感覚はあまりなく、「徒然草」の冒頭のように、「あてもなく描きつけた」という感じだ。時々、こういう絵が描きたくなる。段ボールから剥ぎ取った紙をパネルに貼ってジェッソを塗りこめ、偶然に出来上がるマチエールに、パッチワーク状に色相を重ねていく。アクリル絵の具をチビチビと出して、塗りこめてしまわないように薄く伸ばしながら・・・。自由な感性で、その時気に入った色彩を使って描くことは本当に楽しい。おそらくそれは自分の潜在的な意識の産物なのだろうが、自分の意思で描くというよりは、色やフォルム自体が何か意思をもっているように感じる時がある。それらの行きたがる方に従って描いていけばよいのだ。パッチワークと、塗り残したジェッソ地・・・人、家、山、煙、魚、樹木。みな僕の愛するものたち。

ツレヅレナルママニ①

 

 

 

 

 

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