トレーサー01

2009年に制作したこの立体作品は、期せずしてアート作品になってしまったが、学校の教材作りの中で沸き起こった好奇心による「遊び」の産物であると言ったほうがしっくりくるかもしれない。

これを作った当時のことは非常によく覚えている。僕は名古屋の肢体不自由特別支援学校(当時はまだ養護学校と呼ばれていた)に勤務していた。脳性まひや筋ジストロフィーのある子どもたちは、身体各部の緊張と弛緩の不調和により、歩行のみならず、姿勢保持や手指の動作、呼吸や食事、排せつにいたるまで、著しい困難の伴う生活を送っている。僕が配属されていた学級は、最も障害の重い、重度・重複学級であった。この学級では、ほとんどの子どもが介助型の車椅子で移動し、一日の大半は布団に横になって授業を受け、食事、着替え、排せつにいたる全ての日常生活動作に支援を必要としていた。姿勢を一定時間保つことが困難な子ども、目と手の協応動作が困難な子ども、各関節の可動域が極端に狭く、ほとんど自力で動けない子ども・・・。

こうやって書くと、「じゃあ、一体何ができるの?」と、ついネガティブな心境になってしまいそうなところであるが、実際のところ、子どもたちの心は明るく無邪気で、あるがままを受け容れ生きている。そんな子どもたちのたくましさに、僕はこれまでたくさん励まされてきた気がする。例えば指先数センチの可動域しかなかったとしても、それを補う支援環境が整備されれば、子どもの自発的な動きによる活動の幅はぐっと広がることだろう。最近は、i‐Pad などの端末が教育現場でもどんどん活用されているが、そんな中、僕が得意とするのは、アナログな発想による、極めて原始的な原理を応用した教材教具の制作である。当時作った教材・教具のほとんどが写真に残されていないことが悔やまれるが、多くの場合、ゴムやバネの力を「テコの原理」で動作に変換することで、様々な用途の道具を開発することができた。さらに、「テコの原理」を複数組み合わせることで、ブーメランを投げるような、やや複雑な動作をする機械も作ることが可能となった。

 

「テコの原理」の面白さに、すっかり魅了された僕は、日常の様々な物の動きを観察し、スケッチブックにどんどん描き留めていった。当時の通勤時間が、片道1時間半(!)もあったので、それをフルに活用していくうち、思いついたのが本作である。「テコの原理」は、「滑車の原理」とも呼ばれている。大小様々な滑車を関節の中に組み込み、連動させることで、単純な指の動きを再現できるのではないか、と思いつき、さらにそれを子どもが操作できないかと考えたのである。・・・実に無謀なことを考えたものだが(笑)

本作のプロジェクトは、操作盤に装着した子どもの手の動きを写し取る(トレース)道具という意味で「トレーサー01」と名付けた。バネやシリコンチューブ、ベアリングなどをのぞけば、ほとんどの部分に厚紙を使って3か月くらい制作に没頭したが、手首から上の構造がどうしても思いつかず、制作を断念した。「指の動き」と呼ぶにはあまりにも粗雑すぎるが、本作品は、手の甲の部分に埋め込んだスプリングによるピストンと複数の滑車を連絡する糸の動きに応じて5本の指が可動する。本作が失敗に終わったのは言うまでもない。しかし、なんと楽しい日々だったのだろう。

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