近くて遠い

 

期せずして9月のほぼ同時期に2つの出展を計画してしまった僕は、今、非常にタイトな制作スケジュールに追われている。我ながら無茶しているな、とは思うが、僕は自分に出展の企画が舞い込んだなら、それを創作上の大きなチャンスと考え、感謝すべきだと思っている。なぜなら、出展を契機に作品の着地点を考えていくことは、創作上の方向性を明確にしていく上で新たな気づきを得る場となりうるからだ。

2つの出展とは、本ブログでも告知したNAF(ながくてアートフェスティバル)とギャラリーID主催による素描展への出展である。この2つの出展に向けて、今、大型素描を3点、立体作品を4点同時進行で制作している。学校の仕事も分掌主任になってからは、それなりに忙しいので、制作は必然的に帰宅してから深夜までに及ぶ。睡眠時間が削られるが、眠そうにしていても最近はワールドカップでみんな寝不足なので大丈夫だ。(笑)

本作は、以前紹介した「月の使者」である。静物画は、モチーフ設定や構成の自由に富み、主題へのアプローチに様々な工夫を凝らすことができることが魅力のひとつだ。本作では、海で拾った、貝の巣穴のある石を月面に見立て、対角線と円の生み出すダイナミズムによる構図をとっている。「床―椅子の座面―机上」という3つの階層からなる空間設定と、それぞれのステージに配置されたモチーフに、自分の思い描く寓意をもたせようという試みである。この作品のモチーフである貝の巣穴のある石は、NAFの立体作品の展示でも登場することになったが、自分としても興味深く思うのは、個々の作品が、制作上それ自体の完結へと向かいながら、同時に全体の中での関連性をもって展開している点である。(こういう展開の仕方を僕は望んでいたのだと思う。)

「月の使者」は、毎日少しずつ手を入れているが、遅々として進まず、今やっと全体の4割ほど描いたところだ。今回こんなに悪戦苦闘してしまう理由として、自分の立ち位置とモチーフの距離感が近すぎることが考えられる。

【図―1】

 

【図―1】の3色の矢印で示すように、この絵には、椅子の背もたれの右端を基点に、机上に向かうパ-スペクティブ(赤の矢印)と、同じ基点から床へと垂直に下方へ向かうパ-スペクティブ(青の矢印)と床の奥行であるパ-スペクティブ(黄の矢印)がある。自分の立ち位置から、それら3つのパースペクティブが、透視図法的に狂いなく描こうと思うと、これは思っていた以上に難しいことだったのである。イーゼルや足もとにマスキングテープで目印を打っていても、わずかに姿勢がブレて視点が動けば、3つのパースペクティブも連動して動く。しかし人間の眼は、カメラのように一瞬で全体を写し取るようにはできておらず、部分を拾いながら全体を再構築しなければならない。その過程で狂いや歪みが生まれるのは避けられないのである。

 

 

 

 

こういう体験を何度も繰り返すうちに、僕は「透視図法は理論上のものに過ぎず、現実には存在しない」と思いいたるようになった。ちょうどそれは、近代絵画史の革命児であるポール・セザンヌ(仏1839~1906)が伝統的な透視図法による絵画空間を否定し、いくつもの視点が同時に存在する多焦点による絵画空間を生み出すことに至ったように。透視図法が一切ブレることのない「神の視点」だとしたら、セザンヌの生み出した多焦点による図法はまさしく「人間の視点」であるといえよう。人間の眼はブレるのだ。だからこそ面白いのだ!近くて遠い「リアル」な世界・・・。僕はセザンヌの偉大なる発見を賞賛する。

 

 

 

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