真夜中のアトリエ

2015~16 / 真夜中のアトリエ

スーパーで買い物袋を忘れたら、レジで袋を買えば済むことなのだが、家に帰ればきれいに三角折りされた袋が山ほどあることを思うと、もったいなくて、いつも買いそびれてしまう。我ながら貧乏性とは思うが、この性分は学生時代に身につけて以来、社会人になって経済的に安定した今でも、そう易々とは変わらない。

しかし、わが国のスーパーは消費者に対し、とても親切で、レジを出たところには、たいてい手ごろな大きさの段ボール箱が無料で提供されている。僕はつい、その親切に甘えてしまう。こんな風に、買い物袋を忘れる度に段ボール箱のお世話になっていると、段ボール箱にも様々な大きさ、厚み、材質のものがあることに気づく。デザインも様々で、プリントされたロゴから、その箱に入っていた物を想像するのは楽しい。さらに買ったものを入れるのに丁度よい容量の箱を見つけると、ちょっと嬉しくなったりもする。

人生のタイムラインを輪切りにして省みることができるとしたら、多分、僕の場合、金太郎飴のようにどこを切っても段ボール箱を「お持ち帰り」してきたように思うが、それらは、たいてい家で平たく潰されて廃品回収に出されるか、切り刻まれて立体作品や学校の教材・教具の材料として生まれ変わるので、箱自体が長く家に留まることはまずありえない。しかし2015年のある日、買い物で拾った箱は、それまでの他の箱たちとは異なる例外的な経過を辿ることとなった。

その箱は、表面に“かっぱえびせん”のロゴが印刷された箱で、どこにでもありそうな普通の箱だった。大きさが手ごろだったので「お持ち帰り」したのだが、なぜかその箱は潰さず、箱の形のままキッチンの床の片隅に置いておいた。しばらくして毎晩帰宅する度にポケットの中にあるレシートなどの紙くずを捨てる時、その箱がゴミ箱としてちょうど良いことに気づいた。そうやってゴミを捨て始めてから数週間が経ち、箱の中を見ると様々なものがあった。・・・レシート、鼻をかんで丸めたティッシュ、コンビニ・コーヒーの紙コップ、トイレットペーパーの芯、チョコレートの箱、腰を痛めた時の湿布のセロファン、野菜を包んでいたビニール袋、水張りしたケント紙の切れ端などなど・・・。それらは見るに堪えないものではあるが、捨てたその日にあったことを思い返していくうちに、ここには、自分の生の営みにおける時間が凝集しているように感じられ、「これこそリアリズムじゃないか!」と思ったのである。

しかし、箱に入ったゴミを、そのまま描いたのでは絵的に何も面白くないので、このゴミにちょっとしたストーリーを与えてみることにした。それは、こんな感じだ。

 

「LEDライトの煌々と灯る真夜中のアトリエで、僕はゴミ箱にしていた段ボールにつまづいて、箱の中身をぶちまけてしまった!」

 

・・・というストーリー。このストーリーを台本に、段ボール箱やゴミなどを役者に仕立て、それぞれに演技をさせることにしたのだ。

このちょっとした閃きから制作に入ったものの、いざやってみるとなかなか構図が決まらず3回も描き直し、線描だけで1ヵ月以上もかかってしまった。描き始めてからもモチーフを何度も動かしてしまうので、なかなか位置が定まらない。僕がイメージしたのは、つまづいた時、蹴られた箱が、ぱーっ!とゴミをぶちまける感じ・・・。日常ありふれた軽妙な動き・・・!モチーフ(役者)を「なんとなく」配置していたのでは、この動きは出ない。構成上、計算された仕掛けが必要なのだ。キャンバスと言う舞台の上で、それぞれの役者がしかるべき位置で演技をしてもらわなくてはならない。最終的に決まった配置には、僕なりの明瞭な意図があるのだが、お分かりいただけるだろうか。

【図―1】の黄色い線で示されたモチーフのエッジは、画面上に大きな八の字の傾斜を描き、画面上に力強い骨格を成している。これにより、アコーディオンが開いた時のような構成が生まれる。さらにこの構成に動きを与える役割を、僕は、ゴミたちの演技に課したのだ。コードは波状の動きで対角線を有機的に崩しながら波状に(赤い矢印)、ラップやトイレットペーパーの芯は直線的に(青い矢印)、左上にある箱から画面右下へと視線を誘導しているのだ。

この作品は、完成するまでに実に1年以上も時間がかかってしまった。1年以上もかかってしまったのは、構図に対する執拗なこだわりから、構図が決まった段階で「お腹いっぱい」になり、長らく描きかけのまま放置してしまったことにある。さらに数か月後、制作を再開してからも、対象の複雑さに心が折れて、何度も中断してしまった。セロファンのような透明で薄いものや紙くずのような対象を描くのは、特別な神経の配り方が必要だ。毎日3センチ四方の画面に手を入れるのが精いっぱいだった。絵を描く中でしばしば僕は、一匹のアリになった気持ちで対象を見つめ続けた。それは、買い物で拾った一つの箱が僕の日常にもたらした創造に満ちた世界・・・。

 

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です