病める月

 

2008 病める月

生きていれば、人は誰しも多かれ少なかれ人間関係に悩むものだと思うが、御多分に洩れず自分にも、時々そんな悩みに陥ることがある。職場には我の強い人や癖のある人が必ず一人や二人はいるもので、そんな人たちと同じ所属で仕事をするような場合は、距離を置くこともできず、強いストレスを感じてしまう。振り返れば自分にも非があることはまちがいないが、人間関係のつまづきによって仕事が思うようにいかない時は、職場全体に強固な悪循環ができているので、自分の態度を改めたとしてもそう易々とは修復できず、暗澹たる気持ちになるものだ。

この絵を描いたのは2008年の冬だったが、当時もひどい悩みを抱えており、職場はチームワークがうまくいかず弱りきっていた。何かやろうにもお互いに粗探しばかりで前に進まず、利己的な者たちの一義的な主張によって職場はみるみる活気を失っていった。僕の職場は女性の割合が多いのだが、(決して女性を蔑視するわけではないが)いつも決まった年齢層の女性たちによる陰口が横行し、他の職員も害をこうむりたくないからか、陰湿な連帯はどんどん拡大していった。そんな中で僕は、いつも肩身の狭い思いをしていたのだ・・・。

でも、落ち込んでばかりもいられないし、何か気分転換になればと思い、長いこと置いていた絵筆を手に取って油彩画を描くことにしたのだが、この絵はそんな中でできた一枚である。当時僕は、自画像を描いていた。その時の生々しい心情をそのまま描いてやろうと思って、思いっきりしかめっ面をした、嫌悪感のかたまりのような自画像を描こうとしていた。この絵は、その自画像の傍らで筆致の「ためし描き」用に扱っていた古キャンだったのだが、そのうち自画像よりもその「ためし描き」用に描きなぐっていた絵の方が、自分の心情を映しているように感じられ、本格的に着手したのだが、仕上げてみると、こんなにも暗くて寂しい絵になってしまった。ある時、僕のいない家に来た母がこの絵を見て、自殺でもしないかと心配になったという笑えない後日談もあるのだが・・・。

そのころ、通勤電車の中で「描画療法から観たこころの世界」(角野善宏[著]日本評論社)という本を読んでいた。この本は書店でたまたま手に取った一冊なのだが、ユング派分析心理学の流れから派生した「風景構成法」という描画療法が紹介されていて非常に興味深い。特に興味を引かれたのは、統合失調症を発症した青年が描画療法によって治癒していく中で、転換期の風景画に「鹿」が登場した場面である。

ユングによれば、無意識の領域は、イメージや象徴を通して芸術の中に表現されうるものであり、描画療法において表現されたイメージや象徴が、描き手の治癒力を喚起するという。さらにユングは、イメージや象徴のもつ「意味」の解釈を試みており、洋の東西を問わず伝承された様々な寓話の中で「鹿」が神々の使いとして登場していることから、「鹿」は境界を隔てた異世界の橋渡しをする使者であるとしている。

そんな「鹿」のもつ象徴的意味との出会いによって、僕は、この絵の中に「鹿」を描き入れたのだが、心理分析的見地からしたら、果たして当時の僕の心は、どうなのだろう。

・・・崖っぷちに立つ黒い鹿は独りぼっちで、ヘビの影を背負っている。行く先のつり橋は対岸まで届いておらず、鉛のように重い大気の中から切り傷のような細い三日月がこちらを見ている。・・・

僕の心は、少なくとも健康的なものだったとは言い難いはずだ。そんな思いから、後年、僕はこの絵に「病める月」という題名を与えた。

 

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