生活のために

1989 悲哀

「若気の至り」とでもいうべきこの作品は、芸大1年生(20歳)のころの作品である。今、芸大がどうなっているか知らないが、当時、油画棟の教官室は研究棟の2階にあって、その階下にモデルさんたちの休憩室があった。大学1年生は、写実的な課題が中心だったので、その部屋からモデルさんがアトリエにやってきてポーズをとってくれたのである。モデル台や空調をセッティングして待っていると、薄いロングのワンピースを身に纏ったモデルさんたちがカランコロンとサンダルを鳴らしてやってくる。ちょっと淫靡な感じもするが、当時のモデルさんはだいたい40代前後の方が多かった。この裸婦画のモデルさんも30代後半か、40代くらいだったと思う。しかし、この課題のモデルさんはもう一人いて、例外的にピチピチの20代のモデルさんで、レースクィーンのように華やかな美人だった。そして、2つある部屋にそれぞれ分かれてポーズをとることになったのだが、(ちょっとどうなのかと思うが)同学年の仲間のほとんどが吸い込まれるようにレースクィーン嬢のもとに消えていった。・・・恐るべし!なんというわかりやすい反応。(T_T)

一方のモデルさんは、(僕だったらちょっと不愉快に思うところだが)怒りもせずにいて、話してみたらとても感じのいい人だった。それで、僕は人気のない方のモデルさんを選んで描くことにしたのだ。このモデルさんを選んだのは僕を含め2~3人だったので、ポーズの設定は思いのままにできた。と、いうのは僕の他の学生は、遅刻してきたので、必然的にあらゆる決定権が僕に与えられたのである。日焼けして痩せており、加齢によって垂れた乳房は、美しいとはいえなかったが、裸婦像を描きながら、このモデルさんの生活感が浮き上がってくるような絵が描きたかった。アンティークな椅子に上体を預けるこのポーズに悲哀の情をドラマチックに描きたいと思った。そこで僕は、水彩紙に紅茶をこぼして染め、そこにパステルや色鉛筆を使って青を基調に描くことにした。クロッキーの要素をデッサンに結び付けたかったし、脳裏に(恐れ多くも)ホルスト・ヤンセン(1929~1995)の精神性あふれる線描画のイメージがあった。今思えば、この頃は受験期に身につけたデッサンからなんとか脱皮しようと、いろんな巨匠の優れた表現を取り込もうとしていた。(だからこそ若気の至りなのだ)そして、このデッサン以後も、僕はこのモデルさんを何度もモチーフに描いた。

そうやってモデルさんと繰り返し関わっていくと、自然と会話もふくらみ、モデルさんの生活やバックボーンが見えてきた。モデルさんは、夫婦で陶芸作家を営んでいるが、それだけでは食べていけないので、ヌードモデルをしていたのだった。当時は、このモデルさんのように生活のために美術モデルを営む人が多かったように思う。(もっとも、最近では、モデルさんたちも仕事を楽しんでいて、自らのアイデンティティや自己表現と捉えている人たちも多いのだが。)

11月の芸祭で学内を歩いていると、モデルさんが講義棟の下で自作の陶芸作品を販売していたので、僕はその中から写真のマグカップを買った。プリミティブな造形がとても気に入ったのだ。その後、このマグカップは、一人暮らしの下宿でにがいブラックを飲むのに大活躍し、今もここにある。

追伸:習作期の作品についてはこちら

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