叱られた話

1989 青冷めた部屋の裸婦 油彩

芸大時代のモデルさんの話といえば、いくつかあるが、先回の話が出た流れでもうひとつ紹介しよう。(※先回の話についてはブログ「生活のために」を参照してほしい)

この絵を描いたのは、肌寒さを覚える大学1年生の初冬だった。この頃になると仲間は、徐々に自由な学生生活に歯止めが利かなくなり、夜更かしして朝起きられず、午前の課題に遅れてくる者が増え、クソ真面目に朝から定時に通うのは、僕だけになってしまった。この頃は僕はまだ実家暮らしで家から芸大までの約8kmの距離を自転車やバスで往復していたのだが、我ながら頑張って通っていたなと思う。予備校時代、殺伐とした中で、半ば嫌々描かざるをえなかったことを思うと、この時期は、落ち着いて伸び伸びと描くことができて本当に幸せだった。決して器用とはいえない自分は、一枚の絵を描くまでに多くのことを考えなければならなかったし、その中で必要なことと、そうでないことを整理する必要があった。それまでできなかった実験的な試行錯誤も積極的に実行できたし、失敗してもそこから何かを学ぶことができた。僕は、それまで散らかっていたエネルギーのベクトルを時間をかけてひとつひとつ前に向けて並べ直したのだ。

この課題のモデルを務めるモデルさんも、先回の話に出てきたモデルさんと同年代の女性だった。ショートカットに刈り上げ、ソバージュに仕立てた髪形で、いかにも水商売風の「訳あり」な感じのする女性だった。細く刈りそろえた眉はエッジがきいていて、神経質そうな顔立ちをしていた。このモデルさんの人柄は数枚残っているクロッキーにもよく表れている。

ある朝、いつも通りモデル部屋にモデルさんを呼びに行くと、彼女はひどく不機嫌でご立腹な様子・・・。聞けば、「アトリエが寒い!なんでこんな早くから描くの?!」と叱られてしまった。空調の効きが悪いアトリエは、初冬であっても肌寒かったが、察しの悪い自分は、それに気づかず無理を言っていたのだ。それ以後僕は、事前にストーブで部屋を十分暖め、モデルさんの体調を気遣いながらこの絵を描いたのだ。アトリエには僕とモデルさんの2人きり。険悪な表情で終始黙りこくり、不機嫌な心情を露わにする裸体の女性・・・。

今思うと遅刻してくる学生の多い部屋のモデルさんは午前中ゆっくりできたのに、僕はモデルさんをキッチリ時間いっぱい使ったので、労働時間の面でもかなり格差を生み出していたような気がする。今では笑い話であるが(笑)

この絵を描いていたころは、ポール・ゴーギャン(1848~1903)のタッチや色彩感覚に心酔していた。初期のゴーギャンは、女性の肌の色に薄紫や黄緑を織りこむように使って、魅力的な裸婦画を描いている。僕の中でパレット上の定番だった暖色系の色調をとりのぞき、日ごろ使わない色調の寒色系絵の具に限定して描いたのだ。惜しむらくは、左足の膝から下の描き込みが足りないまま終わってしまったことであるが、講評会での評価は思ったより高かった。それにしても、この寒々とした色調の裸婦画は、期せずして僕とモデルさんの冷えた関係を如実に表しているように思われてならない。

 

追伸:習作期の作品については、こちら

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