人間戯曲

 

今日も朝からせっせとピクトくんを量産・・・。ていねいに作っていくと一体一体表情が微妙に違って見え、無個性な中に個性が見えてくる。全部でおよそ50体造り、作品に設置していく。イメージとしては、ピクトくんにロマン主義絵画のようなオーバーなジェスチャーをつけることがポイントだ。ピクトくんはもの言わぬかわりジェスチャーで語る存在だから。

あとは、この上に「石」を吊るし、展示台を作って完成だ。しかし、ここでこの作品はしばらく一区切りとしよう。この作品について、自分は全く意図していなかったが、シニカルで風刺の効いた作風となった。どこか「人間戯曲」とも言うべき、悲哀と可笑しみ、笑えない笑いに満ちた世界といえよう。ファンタジーはリアリズムと相殺されると何か得も言われぬ化学変化を遂げるようだ。

寓意(Allegory)とは、ある概念を他の具象的な事柄によって表現することであり、さらにそれを一つの物語にしたものを寓話という。グリム童話、中国の老荘思想、わらべ歌や口承伝達による民話にいたるまで、世界各国いたるところで寓話は継承されてきた。寓話の中には教訓や処世訓・風刺などの内容を表すものもあるが、それらの多くは誰かが意図的に創作したものというよりは、むしろ自然発生的に創られ伝承されたものではないかと思われる。

発祥からすでに社会的存在である人間は、厳しい自然淘汰のサイクルから離れて共同体を形成し、その秩序を保持すべく、さまざまな社会システムを構築してきた。しかしそれは、時として「自然⇔共同体」あるいは「共同体⇔個人」の間に様々な不条理や軋轢を生み出し、共同体内部に潜在的な抑圧を生むこととなった。寓話は、そのような抑圧を解放する精神的営為であり、人間の想念が生み出した意味の世界と森羅万象の形象とをアナロジカルに結合させ、解放へと導く。僕は寓話の成り立ちにある、そのようなスリリングな過程に魅了されてしまう。そしてもし僕が生み出すひとつの寓話が、自分だけでなく、広く共同体に潜在する抑圧を解放することができたとしたら、この上なく嬉しく思う。

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