ジムノペディ

月の使者(部分)

エリック・サティジムノペディが好きだ。有名なので誰もが一度は聴いたことがあると思うが、僕はこの曲の入ったCDを擦り切れるくらい聴いている。単に軽くてお洒落で聴きやすいだけの曲と思われがちだが、僕にとってこの曲は、いつ聴いても特別な場所へ運んでくれる不思議な曲なのだ。静謐なこの曲にはどこか内省的で心に深く沈潜していく力が満ちている。この表現で伝わるかどうか自信がないが、大海の浸透圧と調和しながら浮遊するクラゲのように、自然界の時間軸を漂っていくと気がつけば世界を俯瞰できる場所へと運んでくれる。3/4拍子のこの曲は、母胎で心拍を聴くような穏やかさがあり、何をしていても落ち着いた気持ちにさせてくれる。この曲が何かを強く主張することは決してないが、聴く者の様々な感情や思考をのせる引力がある。静寂のために生まれた音を適切な配列に並べたような感じがする曲である。

音楽の事情には詳しくないが、調べてみるとサティは当時のフランスの音楽界では異端児扱いされていたらしい。彼の音楽の独創性は言うまでもないが、曲名も風変わりなものが多く『官僚的なソナチネ』『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『冷たい小品』『梨の形をした3つの小品』『胎児の干物』など題名から曲調をイメージすることは難しい。しかし、選び取られたこれらの言葉から感じられる、野放しな詩的自由さの中にサティの世界観が透けて見えてくる。「ジムノペディ」とは、サティの造語で、ギリシャ神話上の神々を讃えるジムノぺディアという祭典に由来しており、サティはこの祭りの様子を描いた古代の壺を見て曲想を得たといわれる。それにしても、にぎやかな祭典から、なぜこのよう静謐な音楽を生み出したのかは謎に満ちている。

サティの世界とはまた異なるが、もしも心の深層部に沈潜していって、底にたどり着いたなら、例えば、イブ・タンギー(仏1900~1955)が描くような世界が広がっているかもしれない。荒涼とした海の底のような地平に忘れ去られたように点在する何かの物体。それらは、つるりとした石のようでありながら、触れると柔らかく少し生温かい・・・そんな気がする。

デッサンの中で、貝の巣穴のある石たちを描きながら、ジムノペディに運ばれて、タンギーの描く深層世界の石たちのことを想った。

イブ・タンギーの作品

 

 

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