心理的な余白

 

2016 女性モデル(着衣) 鉛筆

このデッサンを描いた日のことを、とてもよく覚えている。2016年5月、勤務校で運動会があり土曜出勤だったため、(稀なことだが)やむを得ず遅刻してしまったからだ。会場に入るともうモデルはポーズをとってセッションは始まっていたのだが、入室してモデルを見た瞬間、その衣装の奇抜さに衝撃をうけた。麦わら帽子に日サロで焼いたと思われる褐色の肌、髪はブリーチして毛先をアッシュピンクに染めていた。厚手のコットンのノースリーブに足元まですっぽり覆うハイビスカスのロングパンツ。これは一見ロングスカートに見えるが、実際はパンツで、この年“ガウチョ”と呼ばれるこのスタイルが流行していたのだ。この女性は、“がちゃ”というモデルで、大好きな“がちゃぴん”からモデル名を自分で命名したそうで、立ち振る舞いからして、いかにも“ギャル系”の空気を漂わせていた。とてもスタイリッシュなファッションではあるが、果たしてこれをモノクロームのデッサンで描くとしたら、どんな風に見えるだろう?と僕は思った。ファッションの趣向に盛り過ぎていて、人物本体が見えにくくなっている。人物画の要素として重要な脚部が布ですっぽり覆われているし、シルエットだけで見ると非常にのっぺりして単調なフォルムになってしまいそうだ。この斬新なファッションは僕の中で、アフリカの民族衣装のアピールの仕方と似たところがあって、どこか呪術的な印象を覚えるのだった。

しかもこの日は遅れてきたため、描く場所は右側面のこの場所しかなかった。さて、どうする・・・帰ってしまおうか、とも考えたが、それはやめた。

 

予備校や生涯学習センターのデッサン会で描く、いわゆる実技演習のデッサンは、構図上の選択肢は多くあるように見えて実際は限られている。画角やアングルを絵にあわせて設定してポーズを組むなら別であるが、大勢の人のニーズを同時に満たすポーズとなると、立位にしても座位にしても、ある程度パターンが決まってしまうのである。あとはトリミングの工夫が残されているが、どこでトリムするかで人物の印象がガラリと変わる。このモデルを描く場合、腰から下を切ることもできるが、そうするとこのファッションのインパクトは消えてしまうだろう。やはり画面上に全身入れた方が良い。しかし、それだけではあまりに芸がないので、人物の前後の余白を工夫することにした。

立位ポーズの人物を描く場合、余白を前方に広くとった方が、心理的な安定感があると思う。これは、前方の余白に人物の動きの自由を予想させるから、と自分は分析するが、この余白のバランス感は、ある意味、立位ポーズの“定石”のようになっているところがある。

しかし、このモデルの特異なたたずまいを強調するために、僕はあえてその“定石”を崩し、後方に余白をとることで抑制による心理的効果を引き出し、空間に緊張感をもたせようと思った。人間は閉塞的な状況に置かれると、必然的に緊張した心理状態になる。その心理的効果を余白に演出することで、初めにこのモデルを見た時に受けたインパクトを強調したのである。この余白のとり方は、エドガー・ドガやアンドリュー・ワイエスなどの巨匠の絵画にも多くみられるもので、いつか自分も使ってやろうと思っていたので、描き終えた後の満足感は大きかった。

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