猫ヶ洞のキッチン

このデッサンは多分2002年頃の作品で、沖縄・石垣島スケッチ旅行の直前に描いた作品だと思われる。作品の裏面にきちんと題名や制作年月日を入れておくべきだが、よくそれを忘れてしまう。(反省。)

当時は毎日仕事で明け暮れていて、ほとんど制作できなかったが、学校の行事などで劇の背景画などを描くと、絵についてよく知らない先生たちが、おおげさに褒めてくれるので、いい気になって鼻の下を伸ばしていた。自分のそういう安っぽいプライドは、時に傲慢に陥ってしまうこともあったが、思うにそれは、裏返せば受験期に端を発する“デッサン描けないコンプレックス”に起因するものだと思う。このデッサンを描き上げた時も、いい気になって傲慢な自分が顔をのぞかせ、いざ絵を描き上げてみるもそれほどでもなく、自分で自分が嫌になったのを覚えている。

“デッサン描けないコンプレックス”は、今もなお、僕の根底にあって、それはもはや消し去ることができないトラウマのようなものとなっている。しかし、あの頃の自分と今の自分では、それとの関わり方が変わってきた気がする。あの頃、忌み嫌って遠ざけていた“デッサン描けないコンプレックス”であるが、今の僕はそのコンプレックスを受け容れてしまったのだ。そして、それとの付き合い方を見つけたことで、むしろ大切にするようになった。今は、このように思う。「描けない」「自信がない」という思いがあるから、学ぶべきことが先にあるのではないかと。もし自分が「描ける」「上手い」などと微塵でも思うなら、伸びしろなんてないだろう。誰だろうと学び続けるためには心に空白がなければならない。自分は知らない、わからないという思いがあるから、知ろうとするし、わかろうとするのだ。そんな理由から、僕は他人にデッサンを教えるのを好まなくなった。僕は傲慢に陥りやすい自分を知っている。

当時、名刺に使っていた写真

この頃は、トヨタ自動車で有名な豊田市の某賃貸マンションに住んでいた。住所がユニークで永覚町猫ヶ洞といった。「えかくちょう」がなぜか「えかくぞ~!」に聞こえて語感が良かったことと4階の窓辺から見える田園風景の豊かなグリーンの広がりに心惹かれて契約したのだ。10畳のダイニングキッチンに6畳の部屋が2つ、さらに4畳半の部屋1つとベランダがついたフローリング仕立ての3LDK。駐車場は無料で最寄りのローカル駅まで徒歩10分。家賃6万4千円。(この条件なら破格だと思うが、どうだろうか?)

このデッサンは、そんな猫ヶ洞のキッチンを描いたものだ。この部屋から車で10分くらい行ったところにスーパーがあり、100円のグレープフルーツを買ってきては、おやつがわりにしょっちゅう食べていた。テーブルの奥にある鍋を使ってトマトベースでチキンやジャガイモなどを煮込んだシチューを作り、美味しく頂きながら、お気に入りの安いワインをたらふく飲んだものだ。夜になると星がきれいで、夏にはカエルの合唱の中ホタルが舞っていたこともあった。ある時は、田んぼのあぜ道に寝ころんでしし座流星群の天体ショウを楽しんだこともある。思い返すと、猫ヶ洞のあの部屋は、とてもいい物件だった。

テーブルの上の目覚まし時計は、午前1時40分を指しているが、これはこのデッサンを描き上げた時間だ。(僕は毎日夜更かししていた。)この時計は、とっくに壊れてしまったが、なぜか捨てられず、まだ僕の部屋にしまってある。

 

 

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