耐えがたく臭さい話

1988 静物 油彩

素描展に出展している作品の中に、「鮪の頭」という作品があったが、実は僕も昔、魚の頭を描いたことがある。

この作品は、浪人時代の1988年の秋、予備校で描いたものだ。当時、河合塾美術研究所の油画コースには、佐藤昌宏先生という東京藝大出身のすごい先生がいて、その先生がどのようにすごいかというと、その先生は人物画を描きつつも、その背景の画面いっぱいに、臓物のような魚や蟲などおぞましいものばかり埋め尽くすように描くのだ。その当時、佐藤先生はよく、デューラーファン・エイクなどの北方ルネッサンスヒエロニムス・ボスなどのマニエリスム絵画について熱く語ってくれた記憶があるが、今思えばそれもなるほど、と思うところがある。佐藤先生の特異な画風は、そういった巨匠たちから学び取った細密描写に裏打ちされており、古典絵画の中でも、西欧文化独特の血のしたたるような暗い歴史性を感じさせるものに心酔しているようなところがあった。佐藤先生は、ずんぐりむっくりした体形で、気さくで温厚な人柄だったが、なぜそんな絵を好んで描くのか、不思議に思ったのは僕だけではないだろう。

そんな佐藤先生が、ある時、(満を持して)静物画の新企画を打ち出したのが、本作品の課題だったが、この企画について告知されたとき、浪人生が激しくどよめいたことを覚えている。この課題のモチーフは、模型などではなく全てホンモノの生の魚介類だった。現在の油画棟のアトリエは、改装されてとてもきれいになっているが、当時のアトリエは狭くて暗くてボロボロで、天井の梁の柱を大きなネズミが公然と走り回っていた。そんなアトリエで生魚を描くというのだ。しかも季節は秋。真夏の暑い時期は過ぎたものの、生魚を描くとなれば腐敗が起こるのは避けられないだろう・・・。いかに小汚いなりをした浪人生たちも、この企画にビビッてしまったのも無理はない。

この課題の制作日数は、生魚の鮮度の保持から考えて、3~4日だったように思う。毎朝、講師たちが、ホーローのトレイに生魚を入れてアトリエにやってきて、各テーブルに生魚をトングで配置していく。絵を見るところ、魚の頭、カニ、イワシ、サンマ、エビ、太刀魚、タコ、イカなどが組まれたようだ。そして一日描き終えると、またトレイに生魚を入れて冷蔵庫に保管する・・・そんな流れだった。自然光にこだわったアトリエは薄暗く、浪人生は一部屋に30人くらいいて、少し動けば隣の人とかち合うような狭さだった。生魚は一日目からかなり生臭かったが、日を追うごとに臭さが増していき、腐敗とともに脳髄をえぐるような悪臭を発した。しかも油画には、テレピンやダンマル樹脂オイルなど、においのきついメディウムを使わなければならない。そしてさらに追い打ちを加えるような人いきれのにおい。僕も何度かクラクラきたが、繊細な感じの女子たちは、途中退席し、口元をハンカチで拭いながら戻ってくるのだった。

思い返すと、この絵を描いた時が自分史上、最も臭い思いをした体験だった気がする。こんな話も今となっては笑い話だが、体験の強烈さが絵によく表れており、生魚の耐えがたい臭ささが蘇ってくるようだ。

【参考】

習作期:http://studio-bosque.com/gallery%e2%85%a0/study-period/

 

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