芸大を卒業する、君たちへ。②

1990~1991 不安

芸大を卒業する、君たちへ② ~卒業の不安と卒業後に求められる力~

 

今から25年くらい昔の、僕の芸大時代・・・。親元から離れ、下宿住まいの独り暮らしが板についてきた頃の話。仕送りは頂いていたものの、画材代や遊ぶ金は馬鹿にならず、せっせとバイトに明け暮れていた。僕に限らずまわりの友はみな一様に金がなく、金欠になると食パンやもやしを食べて空腹を満たす日もあった。にもかかわらず芸大生は、まとまった金が入ると高額な中古レコードや十数万はするギターを迷うことなく買ってしまう。安全靴ならホームセンターへ行けば安価なものがいっぱい売っているのにドクター・マーチンを買って自慢する。冬なのに日焼けしてるなと思ったら気分でインドに行ってた奴がいる。「マリファナみたいだ」と粋がってガラムをふかす。そうやって金が消えていく。そしてまた空腹になり、食パンやもやしを食べる。(どうやら芸大生は、この因果関係を学習できない人たちらしい。)実際、僕もそうだった。

 

そんな芸大生が卒業を迎える・・・。もし一般大学の学生に将来への不安について尋ねたら、

「良い企業に就職できるだろうか?」「結婚できるだろうか?」「住居はどうしようか?」

といったところだろう。しかし芸大生が将来に向けて抱く不安はひと味ちがう。正しい芸大生ならこんな不安を抱くはずだ。

「自由な時間はあるだろうか?」「絵だけ描いて生きられるだろうか?」「就職しなくてすむだろうか?」。これが芸大生の本音。もし例外的に「就職できるだろうか」という不安があったとしたら、おそらくそれはランキング第57位くらいの「スタバは近所にあるだろうか?」に次ぐ、第58位くらいだと思う。(森予想)

 

そう。世の中の価値基準の真逆をいく、この思考回路こそ芸大生らしさなのだ。しかし、一体それの何がいけないだろう?芸大生は、芸大を目指した時点で、世の中のしがらみから解放され、感性豊かに生きていきたいという夢を描いたはずだ。しかし卒業と同時にその夢は、シビアな現実にさらされる。通過儀礼とでもいうべきそれは、寓話に喩えるなら「アリとキリギリス」のようであったり「浦島太郎」のようであったりする。

 

卒業後の芸大生が、絵を描かなくなり制作から離れていく典型的なパターンは、こんな感じだ。

 

① 親からの仕送りがなくなり、生活が困窮し労働時間が増える。

② 制作のための時間や場所が大幅に削られる。

③ アーチストとしての社会的属性(所在)が薄れていき、モチベーションが消えてしまう。

 

あくまで僕の経験上の話であるが、①→②ときて、「③」となるとき、創作を続ける上では死活問題となりがちである。(では、そのアーチストの社会的属性とはどんなもので、どのように保持していけばよいか、という話については、また次回以降、少しずつふれていこうと思う。)

 

芸大時代、僕の在籍していた油画科は、ひと学年30名前後だったが、その中で「作家」として続けている者は1名いるか、いないか、というところである。先回のブログでも記した「卒業後のサバイバルゲーム」を生き残る難しさは、―( 単純に数の割合から推し測れるものではないかもしれないが) ― 結局、上記の①②③と経て、世の中一般的な価値観の「同調圧力」に流されていくことにある。しかし、卒業後もなお、しぶとく作家活動を続けている人の様子を見ていると、意外と共通したところがあるような気がする。たとえば芸大時代、大学にあまり顔を出さず、あちこち飛び回って遊んでいたイメージの強い人も中にはいるが、(彼らは実際本当に遊んでいた)外を出歩き好き勝手やっている中で、学校では学べない社会勉強をしていたのだと思う。

教訓的な文脈は啓発本のようで好きではないが、自分のこれまでの失敗と、彼らの様子から学ぶところによると、芸大生が卒業後に制作を続けていくために、求められる力とはこんな感じではないだろうかと思うのだ。(もっともこれは、アートの中身の話ではなく、あくまで処世術に近い話ではあるが)

 

〇 「切らない」「慣れ合わない」「孤立しない」

「人とつながる力」は何より大切だが、ひきこもり体質の芸大生もいるので、「人とつながる力」と言っても、商社の営業マンのように精力的になれ、という意味ではない。どちらかというと「個」である自分を大切にしながら他者との結びつきを拒まない努力とでもいうべきだろうか。制作活動を続けていく中で自然にできていく人とのつながりを「切らない」「慣れ合わない」「孤立しない」に注意してほしい。もし良好な人間関係を保てる仲間が5~6人いたら、ひとつの倉庫を借りてシェアすることもできるだろう。

 

〇 認められようとする必要は全くない

僕は、過去、制作を続けていくためにはできるだけ早く世の中から認められることだと思っていたが、それは完全なる間違いだ。認められようと思うと、自分のセンスなり才能をアピールしなければと思うが、大学を出たばかりの小僧が息まいたところでそれは「痛いだけ」で叩かれること間違いなし。大切なのは、「認められよう」と思うのではなく、自分をとりまく周囲の状況を理解し、「自分の役割を果たす意識」をもつこと。大学を出ると徐々に気づくことと思うが、アートには、異業種、多分野の人からなる社会的構造がある。そのことについては、また後日説明したい。

 

〇 プライドは、卒業と同時に初期化する

大学4年生は最高学年だが、社会に出たら1年生。なまじプライドがあると、新しく物事を吸収できなくなるばかりか、新たな人間関係を構築していく上で支障をきたす恐れがあるので注意しよう。

 

〇 生活リズムは重要なファクター

規則正しい生活を送ることは重要だ。暗くネガティブな発想は、夜におこりやすい。ネガティブになりそうになったら、さっさと寝て、悩みごとは日が出ている昼に考えるようにしよう!

 

 

〇 面白そうなことを見つけたら即行動に移す。

なんであろうと面白いと思うことの中には、何かがある。それがすぐに創作につながらないものであっても何かあるのだ。アンドリュー・ワイエスの言葉に、「何かが心をノックしたら、すぐドアを開けて外に出るんだ!」というのがある。外へ出よう。

 

 

〇 礼儀や約束事は、常に100%で守る

芸大生は全般的に決まりごとに弱い。卒業後、芸大卒以外の人たちと関わることが増えていくが、時間を守る、挨拶をちゃんとする、言葉遣いをきちんとするなど、基本的なことが疎かにされているとマイナスに転化していくので要注意だ。決まりごとは常に100%で守るようにしよう。コミュニケーションで好印象を与えられなくても、これを守れば確実に信頼関係ができてくる。

 

〇 どうせ働くなら自分の創作に役立ちそうな仕事を探そう

彫刻科を卒業したある友人は、造形屋や内装業などの技術職のアルバイトをこなしていくことで、制作面でのスキルアップを果たしていった。「働き方改革」によって、雇用形態もどんどん変化している今、副業が認められるようになりつつあり、今後、就労とアートの仕事がさらに共存しやすくなる時代が到来するかもしれない。例えば仮に就職したとして、嫌なことばかりではない。僕は実際、就職して仕事しているが、仕事は面白いし、愉しいこともあるし絵だってたくさん描いている。要は意識の持ち方の問題なのだ。就職したら絶対絵が描けなくなるなんてことはないだろう。

 

 

自分も含め、とかく芸大生は、将来について建設的に考えることを苦手としている。だから、卒業後のことを考えると、漠然としてとりとめのない不安に駆られがちである。しかし、それは妄想に近いもので、そういった不安は、解決の糸口を具体的に考えて実行し、ひとつずつ解消していけば、あっさり乗り越えられるものであったりする。

次回、「芸大を卒業する、君たちへ③ ~今、何をすべきか、卒業後への準備~」では、もう少し具体的に、芸大在学~卒業時にどんな準備があれば、不安を乗り越えられるか考えていこうと思う。

 

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