芸大を卒業する、君たちへ。⑦

1990~1991 シルクハットと水差し

芸大時代の意義とは、何だろう・・・?

それについて人それぞれ思うところがちがうと思うが、芸大時代を(ごくシンプルに考えて)芸大生がアーチストとして世に出ていくための“準備期間”と捉えるならば、芸大時代の意義は、ある程度自分なりの創作の方向性を見つけることと、人とのつながりによって作品を発表する場所を見つけること、この二つの意義が大きいと僕は思う。

この二つの意義のうち、前者については、アトリエにしっかり腰を据えて、真摯に制作活動に励んでいけば、卒業制作の頃には、資質に沿った才能を粗削りながら顕現させることができるだろう。しかし、後者については、芸大のカリキュラムの中に明確に打ち出されておらず、芸大にどっぷり浸かっているだけでは、学ぶ機会を逃してしまうことになりかねない。

しかし、そこはなぜかうまくできていて、先生や先輩の手伝いをしていくうちに、必然的にそういったアーチストとしての“実地演習”をする機会が訪れる。芸大生も3~4年生になると、そろそろ個展やグループ展を開催しようかと考え始める。あるいは、人づてに美術館やギャラリーの搬入搬出のアルバイトの招集がかかる。あるいは、過疎地の商店街で、街おこしのアートイベントに参加してくれないかという話が舞い込んでくるかもしれない。まずはこうした機会に躊躇なく参加してみよう。すると芸大のアトリエでは絶対に学び得ないことを学ぶチャンスとなるだろう。

ただ、自分の体験から言わせてもらえば、そこからさらにもう一歩、自分から外の世界に踏み込んでいく努力が必要と思うのだ。卒業後、フリーランスな作家活動の道を目指す者であれば特に、何はなくともまずは外に出て、ギャラリーを巡る日を作ってみてほしい。すると、いろんなことが見えてくる。ギャラリーにも様々な事業形態があることについては、先回のブログで詳しくふれたが、今日はいかにして自分にあったギャラリーを見つけていくか、ということについて話してみよう。

 

◎ ギャラリー選びの観点

まずはシンプルに考えて、どのような展示空間であれば、自分の創作した作品が映えるかということから考えよう。絵画であれば、額装された小品を展示したいのか、あるいは額装なしのパネル張り一発の大作を展示したいのかで求められる空間は大きく異なる。前者であれば、クロス張りされた落ち着いた室内がふさわしく、後者であれば、白く塗ったコンクリート壁に配管むき出しの広い展示空間の方が映えるだろう。

 

 

◎ 情報収集と実地踏査

インターネットが普及した今日において、ギャラリーの情報を収集することは比較的容易なことである。自分の発表したいエリアのギャラリーについてネット検索すれば、所在地や展示空間の画像、料金や利用規定などの基本情報を得ることができる。まずはその中から自分の作品にふさわしいと思うものに絞り込みをかけてみよう。

あるいは、自分と同じ方向性で制作している先輩たちが発表しているギャラリーに足を運んだり、搬入・搬出のアルバイトをしたりする中で得られる情報からギャラリーを見つける方法もある。

情報が絞られてきたら、必ず何度かギャラリーに足を運んで、実際にその空間や展示状況を確認しよう。空間が良くても、搬入経路が狭いエレベーター一つしか使用できない場合など、立地条件によって展示が困難な場合もある。展示に関わる現実的な条件がクリアできるかどうかは、実地踏査してみないとわからないことが多い。

 

◎ 選択肢をもつこと

提携型ギャラリーとは、別な言い方で言うと「所属作家を扱うギャラリー」ということなので、ギャラリーのHP上に「所属作家」のカテゴリーが含まれていたら、そのギャラリーは提携型ギャラリーと見てよいだろう。(ただし、ギャラリーと作家との間にどのような提携があるかは、HP上には記載されていないので、その点を留意しておこう)所属作家の顔ぶれを見れば、おおよそのギャラリーの格付けが見えてくるだろう。また、提携型ギャラリーには、基本的に所属作家の展示しか行わないギャラリーと、一部所属作家以外の展示も扱うことのできるギャラリーがあるが、卒業当初は、ギャラリーは、レンタルスペース型と提携型のそれぞれにいくつか目星をつけておくことがのぞましい。ギャラリーと提携を結ぶには、ギャラリストがアーチストの資質や将来性に見込みがあると認められる必要があるため、卒業後しばらくはレンタルスペース型ギャラリーでの発表を中心に行うことも考えておく必要がある。

 

◎ ギャラリーと提携を結ぶ

ポートフォリオを持参して、提携型ギャラリーをご挨拶してまわるということをやってみて、提携がとれれば本当に幸いだが、必ずしもそのやり方で提携がとれるかどうかは難しいところである。(僕の時代はけっこうそういうことをやっていた。)僕のまわりでギャラリーと提携を結んで作家活動している者も、はじめはギャラリー主催の企画展に足しげく通ったり、搬入搬出を手伝ったりしながら「顔なじみ」になり、一方でレンタルスペース型ギャラリーでの個展や公募展への出品を続けていくうちに、ギャラリストに認められ所属作家となっていくケースが多い。もし所属作家の展示以外の展示も扱うギャラリーであれば、まずは企画展以外の枠から個展を開催していく方法もあるだろう。

 

◎ ギャラリストの方向性を知る

ギャラリストは、アーチストとは異なる業種のプロフェッショナルであり、著名なギャラリーであっても元は個人事業として起業した者がほとんどである。その業態は様々で、商品化された美術品の売買が中心となっているところから、先鋭的な現代アートのように、採算を求めない企画が中心となっているところまで、ギャラリストはギャラリストで理念や方向性をもっている。芸術性の追求を中心としたアートがお金になりにくいことは言うまでもないが、採算を度外視しているように見えるギャラリーも、実際は多角経営的に他のギャラリーで古美術や日本画などの売買を行って採算を合わせていることが多いようだ。

アーチストとギャラリストの関係は、見方を変えるなら、理想主義と現実主義、主役と女房役、料理と受け皿の関係に似て、互いをパートナーとして必要としている一方で、双方の求める方向性が大きく異なれば関係性を保持することが困難となる。このように考えると、パートナーシップとは固定的なものではなく、相互の動向によって創り創られる関係性であることがご理解いただけるだろうか。

 

 

サロンのような画壇がアートシーンの中心を成した近代から、アーチストのフリーランスな活動が多様に展開する現代に至るまで、アートシーンの舞台裏でギャラリーの果たした功績は大きい。しかし一方で、こうしたギャラリーの展示空間を“ホワイトキューブ”と揶揄する声もある。“ホワイトキューブ”とは、ギャラリーの展示空間が、無駄な様式を一切削ぎ落した白い立方体の内部のようであることから生まれた言葉であるが、モダニズムでは、「美術作品は、それ自体が自立し、完結したものでなければならない」と捉えていたことから、展示空間の設計思想にもそれが色濃く反映されることとなった。ホワイトキューブは、そのフラットで無機的な性質から、ひとたびそこに物を置いてしまえば、帽子でも椅子でも灰皿でも、あらゆるものが美術作品のように見えてしまうという性質がある。

このような”純粋培養的”展示空間から、現代のアーチストはさらなる脱却を図り、美術館やギャラリーとは異なる枠組みの発表形態からアートを捉え直していくこととなった。そこで生まれた発想が「オルタナティブ・スペース(代替空間)」であるが、この出現により、アートシーンはさらに大きく展開しうることとなった。

 

またしても、話が長くなってしまった・・・。この続きはまた次回。(毎度長くなっちゃって、ゴメンナサイ…)

 

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